第99回2017年1月19日放送
実はこの従来の雨漏りからの変化は、私自身は予測していた事でした。サイディングの使用の一般化が、壁面からの雨漏りリスクを高めることがわかっていたからです。現実に、それまでは有り得なかった築8~10年頃からの壁面からの雨漏りに、予想しながらもショックを受けたものです。これが日常化するのにそれほど時間はかかりませんでした。
それが近年、築3年程度での雨漏りが急速に増加してきました。実は調査に行くとそういったケースの共通点というのがはっきりとあります。最近流行してきている、「軒の出がとても小さい(浅い)住宅」で起きていることが殆どなのです。今新築されているお宅にも大変多く、そういった新築現場を見るにつけ、大変残念な気持ちになります。
また軒の出が小さい上に、屋根を片流れにしていてその勾配も小さい(緩い)というデザインが流行しており、これは更に雨漏りに悩まされるリスクが非常に高いと感じています。実際に雨漏りのご相談も大変多いケースです。また、将来的にも長く住める住宅かどうか疑問です。しかし、恐ろしいことに、新築業者も施主さんも、そのリスクを全く考えていません。
一般的な住宅にはふつう、屋根と軒がありますが、「屋根勾配」と「軒の出」には大変重要な役割があります。どのような屋根にするか、勾配をどれくらいつけるか、軒の出をどのくらいの深さ出すかで雨仕舞の能力が決まってきます。住宅にとって雨仕舞をいかに有効にするかは、住宅の寿命に直結するといっても過言ではありません。
近年増えてきた、軒の出の小さい住宅、または軒のない住宅は、壁面に雨が直接あたる範囲が広くなります。軒の出がきちんととられている住宅であれば、横なぐりの雨でなければ、雨があたらない、軒の出に守られている部分というのがあるわけです。しかし、軒の出が小さければ、壁面が雨に対して無防備で、雨ざらしになってしまいます。
これは、雨の多い日本では、致命的な欠点で、その結果、築浅の住宅で壁面からの雨漏りを発生させてしまっています。こういったことは、建てる前に少し考えたら誰にでもわかることです。まして住宅を建てるプロであれば、いくらデザイン性が「売れそう」でも、軒の意味、役割を考えたら、決してお客様に勧めてはならないということがわかるはずです。しかし現実にはそうではないから、どんどんそういった住宅が建っているわけで、建築業界のおかしさの一端が、こういったことにも表れていると思います。
洋風の住宅が悪いとはいいませんが、日本に建てる以上、日本の気候に合った工夫や建て方を考えなくてはなりません。洋風の住宅をそのまま日本に建てたら問題が生じるのは子供でもわかる話です。土地が変われば気候が変わるのは当たり前の話で、気候が変われば住宅の形や素材が変わるのも、また当たり前の話なのです。
我々が暮らしている日本の気候を改めて考えてみましょう。暖流である日本海流(黒潮)や対馬海流の影響を強く受ける日本のような島国では、夏は太平洋から吹きつける南東の季節風(モンスーン)が沿岸に降雨をもたらし、冬は大陸から吹きつける北西の季節風が日本海側に雪を降らせることになり、日本はこの季節風の影響で世界的にみても多雨地帯なのです。このような気候の日本で、いわゆる雨仕舞というものが住宅にとってどれほど大切かという事を重ねて強調しておきたいと思います。
ここに、「年平均降雨量の世界比較」というデータがあります。その資料によると、
年平均降雨量の世界比較
(国土交通省/日本は1971~2000年の平均値、各国の降水量は国連食糧農業機関より)
これだけを見ても、日本が雨の多い国だという事がおわかりかと思います。日本では欧米風の住宅が流行していますが、実際に欧米では日本の年間雨量の半分程度、またはそれ以下であることを、我々はきちんと考えなくてはいけません。
日本は夏と冬の寒暖差が大きく、雨が多いという特徴がありますが、たとえば地中海沿岸は温暖な冬と、暑くて乾燥した夏という気候の土地です。地中海沿岸の平均的な年降水量は600㍉前後で、日本の降水量の半分以下です。日本でも大変流行している南欧プロヴァンス風やスパニッシュ住宅などは、強い日差しに対する工夫はされていますが、雨仕舞や湿気などに対する工夫はもともと殆どされていない住宅なのです。
先述したように軒の出は、深ければ深いほど、雨が外壁にあたらなくなり、逆に浅くなればなるほど、外壁に雨が当たる面積が増えていきます。昔の日本の住宅のように軒の出が深い住宅は、日常の雨はほとんど壁に当たりません。雨が当たらないので外壁自体が汚れにくい為に長く美観が保てます。また、夏の日差しに対しては日除けにもなります。水に濡れる事が少ない事と、直射日光にあたる事が少ないという事は、壁の劣化を防ぎます。また、外壁に多少のトラブルが生じても即座に致命的なダメージに結びつくことが少なくなります。
適度に深い軒は長く美観を保ち、漏水の危険を減らし、住宅の耐久性そのものを上げてくれるのです。雨の多い国に住む日本人の知恵が、軒の出の深い住宅を生み出したのです。もちろん、雨仕舞は軒の出だけに限らず、屋根勾配がきちんとあることも大変重要な要素です。
これほどデメリットが多いにも関わらず、軒の出が小さい住宅が増えているのには、建てる業者側の大きな理由があります。
軒の出の小さい住宅が増えてきた一番大きな要因は、コストが削減できるということです。軒の出を小さくすれば屋根の面積が減り、使用する建材などが単純に少なくて済みます。また、軒の出を大きくするにはそれを支えるための下地(垂木)に大きな部材が必要ですが、軒の出が小さければ小さな部材で済み、更にコストが安くなります。儲けを重視して家を建てる業者にしてみれば、軒の出が小さいというのは大歓迎となるのでしょう。その結果安くて(しかし材料代と施工費は安くなっているにも関わらず、なぜか販売価格は高い)デザインが客受けが良いということで、軒の出が少ない住宅が大変増えてきました。これは大手ハウスメーカーも全く例外ではなく、コストが安い住宅を流行させる販売戦略の先頭を切っている有様です。
また、もうひとつの要因として、なぜ日本の伝統的な住宅は軒の出が深いのかという事などを全く考えずに、デザイン性を重視して顧客のニーズに安易に応えるような、何も考えていない業者が蔓延した結果とも言えます。例えば素人であるお客様が「軒を小さくしたい」と注文した時に、本来であればプロである建築業者は軒の役割を教えてあげる。そうするとお客様は「へえ、軒って大事な役割があるんだな」とすぐに納得できるわけです。
昔の大工さんは、半年とか長くて1年くらい新築に時間をかけていて、施主さんが疑問に思ったことに対して、大工さんが休憩のときなどに、「これはこういう理由でこういう形なんですよ」などと、コミュニケーションを取るのが普通でした。そうしながら施主さんも自分の家のことについてなるほどと理解を深めていったんですね。大工さんは親方から教わり、技とともに受け継いでいました。ですから昔の人は、学校で家の仕組みとかを習っているわけではないのに、天井裏や床下など通気の仕組みとか、軒や屋根勾配の役割などを、生活の中で知恵として当たり前に知っている人がちゃんといたのです。
そういった、建てる人と、建ててもらう人の関係性が失われ、全く様相が変わって来たのが、高度経済成長期の戸建てやマンションなどの新築ラッシュ、大手ハウスメーカーによる住宅大量生産時代の最大の弊害のひとつであると思います。住宅が、商品経済の商品になってしまった結果、今建てられている住宅のほとんどが、人が健康に住めるか、長持ちする住宅かどうかよりも、「売れやすいデザイン」という観点で建築されているのです。「エコ」や「健康」といった言葉ですら、売るためのキャッチコピーとなって商品に貼り付けられている現状です。
そして、もうひとつは
軒の出を小さくすればするほど、敷地の境界ギリギリまで住宅を建てられるという理由があります。
国土が狭い日本では、一戸の住宅にあてられた土地は大変狭いことが多く、軒の出を大きくすると、壁面から隣地まで、軒の出幅の分だけ距離をとらなければいけません。軒の出を大きくすればするほど、建物は土地の中心に建てざるを得ず、逆に軒の出を小さく、もしくはゼロにすれば、隣地境界制限の限度まで建物を建てることができるわけです。小さな土地に、なるべく大きな住宅を建てたいとなると、軒は小さくしたくなる。軒の意味や役割を知らない一般の方が、「軒なんかいらないから、ナシにして、敷地ぎりぎりまで建物を大きく建てたい」と言ってこられるのは致し方ないとしても、建築業者がお客様の要望通りにしたのか、コスト削減の為なのか、軒のない住宅を実際に建てているという現実には、大変憤りを感じます。数年も経てば、軒がないために建物に被害が生じるとわかっていて建てるのであれば、それはもう建築のプロとは名乗ってほしくないですね。もちろん、なんの疑問も持たずに、流行だからとかコストが安いからといって軒のない住宅を建てている建築業者は、プロでも何でもありません。
軒や屋根勾配の意味や役割、建物のしくみを知らずに住宅を建てている業者がどれほど日本にいるか考えるだけで、恐ろしくなります。また、当たり前のことを主張するまともな建築業者が、圧倒的に少数派であることも、大変残念でなりません。しかし、少しずつ増えてきていることに多少の希望を感じているところです。